読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

表参道と渋谷の狭間より

自然体で、世界を見てみる。

神様との会話:人はいつの間にか、周りの影響をすごい受けてるって話

これに気づけたことが一番の発見

それは

「幸せじゃないと思っている人は、自分でそれを願っている」

ということ。

これから本の流れに沿って簡単に本の忘備録としておく。

 

この世の、たった一つの原理原則

「この世は全て、その人の願い通り」

でも、そう願った本人が自分で願ったこと自体気づけない。

①願ったことすら忘れたか

②願いが複雑でかなっても気づかないか

③間違った願い方をした

の3つの理由で、人は現実に不満を言うのである。

特に③について理解していないから人間はおばかさんなのだ。

 

人が信じたことが全て現実となる

信じるとはどういうことか。

例えば「正義が勝つ」と誰かが言った時の意味は、「私は正義が勝ってほしい」と願っていることである。

つまり、信じるとは「こうであってほしいと願っている状態」ということができる。

そして、信じたことは全て現実になる。そういうと、100億円ほしいと言う人が出てくるが、出てこない。それは、口ではそう言っても、心の中では100億円は出てこないと信じているからだ。

信じたことのみで、人は目の前にそれぞれの現実を創っているのだ。

そう、たった一つの現実、たった一つの事実なんて存在しない。あるのは人それぞれの勝手な解釈だけなのだ。

ある人がバラを見て「綺麗だ」と言った。

またある人は「妖しい」と言った。

またまたある人は「刺々しい」と言った。

各々が見たいようにバラを見ている。現実を構成している。

人の数だけ、異なる解釈(人が現実と呼ぶもの)があるのだ。

 

人間の2つの意識

ここまでの説明でもおそらく「はあ?」って感じだろう。

こんな現実願うわけないじゃないかと思っているはずだ。

では、願っても無いはずなのに、どうして現状そうなっているのか、、、

それを理解するために人の2つの意識について伝える。

人には以下の2つの意識がある。

・潜在意識

・顕在意識

例えば、口では「宝くじに当たりたい」(=顕在意識)で言っていても、

心の奥(=潜在意識)では「当たらない」と強く信じている。

そういった潜在意識で強く信じているものが「観念」である。

では観念が邪魔なのかというとそうではない。これは、自分の現実を機能してくれる便利機能だからだ。

例えば、床は硬い。空気は吸える。そういったことをいちいち頭の中で考えなくても良いようにしてくれているのだ。

観念はその人の大切な願いの結晶なのだ。

そして、何かの観念と何かの観念が強く結び付けられたものが「固定観念」である。

例をあげると

「金持ち」と「難しい」、「働く」と「しんどい」など。

この固定観念に縛られているから、人は苦しくなる、幸せじゃないと感じる。

 

その固定観念が邪魔なら、違うことを信じればいい

まず、自分は不幸である。そう思うこと自体は悪いことではない。だって、不幸を経験しないと幸せを実感することはできないから。

では、どう固定観念を変えていくのか。

そもそもあなたは自分の固定観念を把握しているだろうか?

変えるにしたって、その変えるもとが何かわからなければどうしようもない。

固定観念ってどうやったらわかるんだ、、、

心配いらない。現実を見ればいい。

現実とはその人が信じた全てである。ということは、その人の信じていること(潜在意識で信じていることも)全て表現されている。つまり現実とは、「自分が信じていることの鏡」と言えるのだ。

そして、人は鏡そのものを見ることは決してできない。見ているのは鏡に映っているものだ。つまり、現実は自分の信じたものの鏡であるということは、現実とは自分そのものだということ。

固定観念を知りたければ、現実を見ればいい。なぜなら、現実は自分で信じたもの全てだからだ。つまり、それは、観念の集合体、固定観念の集合体だからだ。

 

固定観念の見つけ方(具体例):人はどうして感情が湧くのか

You're angry.

この言葉はおかしい。文法的には正しくてもおかしい。

「あなたは怒りです」

おかしい。

I feel angry.

これはしっくりくる。私は怒りを感じているんだなと。

多くの人は感情に支配される。嫌なことがあったらすぐに怒り、悲しいことがあったらその悲しみに飲み込まれる。

でも、本来は人が感情を選択する立場にあるはずだ。

だから感情に溺れず「誰がその感情を静観しているのか」と聞いてみよう。

そして「どうしてこの感情を選択したのか」自問してみよう。

例えば、ペットが亡くなったとする。多くの人は悲しみに明け暮れるであろう。

なぜか。

それは「ペットが亡くなる」=「悲しい」という前提、固定観念があるからだ。

つまり、人は勝手に作り上げた固定観念で勝手に怒ったり悲しんだりして苦しんでいるのだ。

これを覚えていてほしい。「全ての感情には、前提となる固定観念がある」

そして、固定観念は全てその人が勝手に信じたことの集合体である。

「自分が勝手に仕込んだ固定観念で、何かが起きた時その原因をそのせいにして、勝手に感情に振り回されている。」

これが多くの人が陥っているパターンである。

「恋人と別れる」=「悲しい」じゃなくてもいいじゃないか。

「恋人と別れる」=「次の素晴らしい人に出会うファーストステップ」と信じてもいいんじゃないの?

感情が溢れる出来事が起きたらチャンスと思おう。だってそれは自分の固定観念が意識下に出てきている証拠なのだから。固定観念に気づかないと人は何も変えれないのだから。

もう一度言い直す。

「全ての感情が湧く場所には、自分で勝手に仕込んだ固定観念がある。」

自分で仕込んだことに振り回されて、自分で苦しむくらいなら、その固定観念を冷静に見つめ、変えていけばいいんじゃない?ってこと。

 

あとは、概要だけ、、、

・信じることの反対に歩み寄る。

・現実は自分の信じたものを表す鏡、つまり投影元の自分の解釈を変えれば世界は変わる。つまり、自分が先に笑わないと世界は笑わない。

・先に自分の考えを変えるとは、要するに自分が変えた世界を想像すればよい。

・「不幸が嫌」と願っては不幸から抜け出せない。なぜならそう願っている間ずっと「不幸」のことを考えているから。「好きなもの」を想像しよう。

・「〜になりたい」「〜がほしい」は間違った願い方。だって、そう考えている間「〜でない」と強く信じているから。

・「ないもの」じゃなくて「あるもの」を探せばいい。

・不足も悪いもんじゃない。願うためには不足が必要だから。

・ただ、不足はきっかけにすぎない。それなのにその不足にとらわれつづけている。

・「悩んでいる」は「実はどうでもいい」の言い換え

・「後悔」も「実はどうでもいい」の言い換え

続く、、、